皆さんからお寄せいただいた質問に お答えします。

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■ 市民経済局 ■

■ 名古屋城本丸御殿の復元とは、どのような内容ですか。わかりやすく説明してください。
-- A --
 かつて名古屋城の本丸には本丸御殿がありました。この本丸御殿は、現在国宝となっている、京都二条城二の丸御殿と並ぶ武家風書院造の双璧といわれ、建築物としてだけではなく、内装を飾った障壁画や彫刻欄間など美術工芸としても非常に高く評価された建物です。

本丸御殿は、1615年(慶長20年)に完成し、当初は初代藩主徳川義直の住居、藩の政庁として使われました。その後、義直が住まいを二の丸御殿に移し、将軍上洛の際の宿舎となりました。


また、1634年(寛永11年)には、三代将軍家光の上洛にあわせ、新たに上洛殿や御湯殿書院などが造られました。本丸御殿の総面積は約3,000u、部屋数は30を超える平屋建ての建物で、高さは高いところで約12.7m、匠の技と優れた美術工芸が調和した城郭御殿の最高傑作でした。

しかし、1945(昭和20)年、空襲により天守閣とともに焼失しました。その後、名古屋城天守閣は、多くの市民の厚い心に支えられて1959(昭和34)年に再建されましたが、本丸御殿の復元はいまだ実現していません。

本丸御殿の室内は、当時の日本画史上最大の画派「狩野派」の絵師による襖絵や天井板絵で飾られていましたが、これらの多くは戦災を免れ、1,047面が重要文化財として現存しています。また、江戸時代の文献や古写真、正確な実測図が残されており、本丸御殿の在りし日の姿を忠実に復元することが可能です。

名古屋市では、2008(平成20)年度に復元工事に着手し、約15年かけて本丸御殿を復元する予定です。

本丸御殿に用いられた木材は、後に尾張藩の御用林とされる「裏木曽(岐阜県中津川市周辺)」、「木曽谷(長野県木曽地方)」の木曽ヒノキが使われたと言われています。木肌が優美な木曽ヒノキは古来より日本の木造建築文化を支えてきた名木です。それから400年を経た平成の現代において、江戸時代の古例に習い、再び「木曽ヒノキ」を使用することを計画しています。また、名古屋城の築城を開始した1610(慶長15)年から、ちょうど400年目に当たる2010(平成22)年には、本丸御殿の玄関の一部を広く市民の皆様に公開してまいりたいと考えています。

本丸御殿の復元には、約150億円が必要であり、そのうち3分の1に当たる約50億円を、市民の皆様からのご寄附で賄いたいと考えております。名古屋市では、様々な機会を捉えて本丸御殿の復元に向けたPRを行ってまいりますので、市民の皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

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